今日は62回目の終戦記念日
今年もなついあつ、間違えた、暑い夏だ。
暑いにもほどがある。
まぁそんな暑い夏だけれど、どうも私は以前から「開放的な熱い恋の季節だぜ!」とか”サマ〜バケ〜ショ〜ン!!”みたいなはじけた気分になれないのだ。
それはなんでだろう?
太って大汗かいて、見苦しいから?
いやいやそうではない。
改めて考えてみると、1年を通して、これだけ人の命、死、平和、といったことに関連する事柄が凝縮している期間というのも珍しい。
8月6日に広島に原爆が落ち(落とされ)
8月9日は長崎
8月12日は日航ジャンボ機墜落
8月15日の終戦記念日、そしてお盆
3日置きにこういった大きな出来事、行事が続いている。
お盆は、先祖の霊を祀る日本古来の伝統行事。
それにあわせるかのように、命の尊さを考えさせられる多くの出来事がおきているのは、もちろん偶然なのだがそれだけでは割り切れないなにかを感じる。
私が子供のころは、「もはや戦後ではない」なんて言葉も古くなった頃であったが、かすかに戦後の臭いが肌で感じられる時代だったように思う。
上野の公園などで、アコーディオンを弾きながら物乞いのようなことをする傷痍軍人を見かけこともあった。
「戦争を知らない」けれど「戦後を感じていた」子供たちだった。
父は5歳の時に東京大空襲の中を逃げ延びた世代。
この時期には祖父母や自分たちが実際に味わったつらく恐ろしい体験をよく聞かされたものだ。
これから先、戦争の実体験がない我々世代が、命や平和の大切さを次の世代にどう伝えていけばいいのか。
絵空事といわれないために、もっといろいろな事を感じたり、考えたり、学んだりしなければならないのだろう。
澄み渡る青空と入道雲を見上げ、せみの声を聴きながら、夏はついそんなことを考えてしまう。
< 追記>
先日、行きつけの呑み屋で席を隣にしたミュージシャン清水まなぶさんも、同じような気持ちを持っており、戦争への想いを唄にしたとのこと。
終戦の日にその唄「回想」がCDリリースされたので、興味のある方はお聴きになってください。

CDはこちらで購入できます。
カテゴリー: つぶやき